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■ゆとり
目先の利益にとらわれていては、それなりのものしかできません。競争社会においても、物づくりとは、最も丁寧に進むことが大切です。つまり、それがレースであるならば、最後にゴールへ到達することがレースのこつです。
目先の利益にとらわれていては、それなりのものしかできません。競争社会においても、物づくりとは、最も丁寧に進むことが大切です。つまり、それがレースであるならば、最後にゴールへ到達することがレースのこつです。
■昔に学ぶ
ある問題解決を導き出したり、何かを思いついたとします。当然、それが真に正しいかどうかを検証します。すると、過去にはその解決がなかったことにすぐ思い当たります。そこで人はふたつに分かれます。「だからこそ新しい」と言う人と「過去に試みた人はいたが、理由があったから、ないのだ」と言う人と。
ある問題解決を導き出したり、何かを思いついたとします。当然、それが真に正しいかどうかを検証します。すると、過去にはその解決がなかったことにすぐ思い当たります。そこで人はふたつに分かれます。「だからこそ新しい」と言う人と「過去に試みた人はいたが、理由があったから、ないのだ」と言う人と。
■プロデューサー
素材、表面仕上げ、色。仕様を考え、デザインする。木地師、下地師、下塗師、研ぎ師、上塗師。ときには亀甲師、蒔絵師。そして箱屋。完全に分業化されている山中では、私は通常これだけの職人を、作る商品によってそれぞれ数人の候補から選び、仕様と意図を伝え、各工程をチェックしています。また、私は私の手がける商品構成上、弓道具職人、ガラス屋、金属屋、金網職人、竹細工職人、和紙職人たちにも仕事をお願いしています。
素材、表面仕上げ、色。仕様を考え、デザインする。木地師、下地師、下塗師、研ぎ師、上塗師。ときには亀甲師、蒔絵師。そして箱屋。完全に分業化されている山中では、私は通常これだけの職人を、作る商品によってそれぞれ数人の候補から選び、仕様と意図を伝え、各工程をチェックしています。また、私は私の手がける商品構成上、弓道具職人、ガラス屋、金属屋、金網職人、竹細工職人、和紙職人たちにも仕事をお願いしています。
■花
私は、花の汁からとられた染料で作られた朱色を使っています。古来使われてきた、そして現在でもほとんどの朱塗の漆器に使われている顔料には、発癌性があるためにヨーロッパでは厳しく規制されているカドミウムが含まれています。そんなもの使えるわけがありません。どれだけ伝統工芸の世界で評価が高かろうと。
私は、花の汁からとられた染料で作られた朱色を使っています。古来使われてきた、そして現在でもほとんどの朱塗の漆器に使われている顔料には、発癌性があるためにヨーロッパでは厳しく規制されているカドミウムが含まれています。そんなもの使えるわけがありません。どれだけ伝統工芸の世界で評価が高かろうと。
■ノスタルジー
ノスタルジーとは、既に何か記憶を持つ年長者による優越感が綯い交ぜになった選民思想であり、若年層が過去の事物に対して感じるのは新鮮な感触です。裏を返せば、温故知新とは若年層だけの特権です。
ノスタルジーとは、既に何か記憶を持つ年長者による優越感が綯い交ぜになった選民思想であり、若年層が過去の事物に対して感じるのは新鮮な感触です。裏を返せば、温故知新とは若年層だけの特権です。
■ネーミング
名前はとても重要です。動物だって名前を呼べばこっちへ来ます。何かで読んだ実験で、子どもたちを集めて二匹の豚と遊ばせ、途中で一匹に名前をつけ、最後に「これからみんなで豚を食べるんだけど、どっちを食べる?」と質問すると、子どもたちは例外なく名前をつけなかったほうの豚を選んだ、というのがありました。
名前はとても重要です。動物だって名前を呼べばこっちへ来ます。何かで読んだ実験で、子どもたちを集めて二匹の豚と遊ばせ、途中で一匹に名前をつけ、最後に「これからみんなで豚を食べるんだけど、どっちを食べる?」と質問すると、子どもたちは例外なく名前をつけなかったほうの豚を選んだ、というのがありました。
■人気
大昔、割れてしまう陶磁器は高級品でした。窯などを必要とせず誰もが作れ、修理すればいつまでも使える漆器は市井のものでした。陶磁器が安定生産されるようになると、あっという間にその立場は逆転しました(もちろん今でも高級な陶磁器はあります)。しかし、味噌汁をいただく木へんの「椀」だけは、現在でも漆器です。陶磁器・ガラス・鉄器・プラスチック。いずれも熱くて持てません。
大昔、割れてしまう陶磁器は高級品でした。窯などを必要とせず誰もが作れ、修理すればいつまでも使える漆器は市井のものでした。陶磁器が安定生産されるようになると、あっという間にその立場は逆転しました(もちろん今でも高級な陶磁器はあります)。しかし、味噌汁をいただく木へんの「椀」だけは、現在でも漆器です。陶磁器・ガラス・鉄器・プラスチック。いずれも熱くて持てません。
■眼
経験主義が合理主義に行きついたように、職人とは、同じ作業を毎日何十年と繰り返して、無駄な動作やためらいがなくなり、手さばきが洗練されていく職業です。ようやく到達したころに、老眼になってしまいます。下積み四十年、ピークは五年、蝉のことを笑えません。なので便利な化学素材と機械に頼る「職人」ばかりになってきました。
経験主義が合理主義に行きついたように、職人とは、同じ作業を毎日何十年と繰り返して、無駄な動作やためらいがなくなり、手さばきが洗練されていく職業です。ようやく到達したころに、老眼になってしまいます。下積み四十年、ピークは五年、蝉のことを笑えません。なので便利な化学素材と機械に頼る「職人」ばかりになってきました。
■土
漆器づくりの下地の工程で、私は能登の珪藻土(七輪で有名)を焼いてから粉砕したもの(地の粉)を混ぜています。地の粉は、能登の珪藻土が最も堅牢と言われています。輪島塗が堅牢さ、耐久性を売りにしている最大の要因です。なので私もそれを使っているわけです。基本的に輪島塗にしか使えない門外不出の珪藻土なのですが、バーターです。山中でも使っている人が私の他にふたりいます。ふたりとも作家です。最近では、地の粉と砥の粉と漆を混ぜ合わせた本堅地すら少なくなってきて、全国どこでも主流はポリサイト下地(ポリサイトサーフェーサー)と呼ばれるものです。
漆器づくりの下地の工程で、私は能登の珪藻土(七輪で有名)を焼いてから粉砕したもの(地の粉)を混ぜています。地の粉は、能登の珪藻土が最も堅牢と言われています。輪島塗が堅牢さ、耐久性を売りにしている最大の要因です。なので私もそれを使っているわけです。基本的に輪島塗にしか使えない門外不出の珪藻土なのですが、バーターです。山中でも使っている人が私の他にふたりいます。ふたりとも作家です。最近では、地の粉と砥の粉と漆を混ぜ合わせた本堅地すら少なくなってきて、全国どこでも主流はポリサイト下地(ポリサイトサーフェーサー)と呼ばれるものです。
■血
琉球漆器の独特な赤色は豚の血によって出されているとまことしやかに言われていますが、実際はそうではありません。かつて下地の材料に使われていた(豚血下地)というのが正確です。琉球漆器に使われる木材(沖縄に多く見られた木材)は気泡が多く、下地材を大量に使います。そのため、身近な豚の血を使うようになったのです。さらに砂などを混ぜてかさを稼ぐこともあったようです。科学技術が発達し、より「効率的」な方法が普及している現在では、豚の血は使われていません。琉球漆器の朱色が鮮やかなのは、沖縄が漆を固める(いわゆる「乾燥させる」)ために必要な気候条件を備え過ぎているため、朱色の顔料を他の産地よりも二割ほど多く使い、さらに油を混ぜているからです。他にない鮮やかさ、というのは、単に顔料が多いからです。
琉球漆器の独特な赤色は豚の血によって出されているとまことしやかに言われていますが、実際はそうではありません。かつて下地の材料に使われていた(豚血下地)というのが正確です。琉球漆器に使われる木材(沖縄に多く見られた木材)は気泡が多く、下地材を大量に使います。そのため、身近な豚の血を使うようになったのです。さらに砂などを混ぜてかさを稼ぐこともあったようです。科学技術が発達し、より「効率的」な方法が普及している現在では、豚の血は使われていません。琉球漆器の朱色が鮮やかなのは、沖縄が漆を固める(いわゆる「乾燥させる」)ために必要な気候条件を備え過ぎているため、朱色の顔料を他の産地よりも二割ほど多く使い、さらに油を混ぜているからです。他にない鮮やかさ、というのは、単に顔料が多いからです。
■素材
私が作る漆器の素材は、木と、樹液と、土と、石と、鉄と、草花の汁です。ものによって、米、銅、金、銀、麻、和紙を使います。体に害がなく、捨てても燃やしても自然に還るものです。水銀やカドミウムが含まれた朱色を使ったり、下地や漆に石油由来の材料を加え扱いやすさとコスト低減を図っていながら、素材は木と漆の「自然素材だけ」と嘘をついて売っているところが山中漆器をはじめ全国の製造者や販売者にも見受けられますが、そのようなことをするくらいなら私は漆器屋をやめます。そろそろ漆器も、使用して良い素材と使用してはいけない素材の明確な基準を設けてもよいのではないかと思います。食べ物を入れる器であり口をつけるものなのに劇物指定されている素材がまかり通っている状態、体にも自然にも優しくないものを作って売っている状態が間違っていると、製造者自身が気づかなければいけません。
私が作る漆器の素材は、木と、樹液と、土と、石と、鉄と、草花の汁です。ものによって、米、銅、金、銀、麻、和紙を使います。体に害がなく、捨てても燃やしても自然に還るものです。水銀やカドミウムが含まれた朱色を使ったり、下地や漆に石油由来の材料を加え扱いやすさとコスト低減を図っていながら、素材は木と漆の「自然素材だけ」と嘘をついて売っているところが山中漆器をはじめ全国の製造者や販売者にも見受けられますが、そのようなことをするくらいなら私は漆器屋をやめます。そろそろ漆器も、使用して良い素材と使用してはいけない素材の明確な基準を設けてもよいのではないかと思います。食べ物を入れる器であり口をつけるものなのに劇物指定されている素材がまかり通っている状態、体にも自然にも優しくないものを作って売っている状態が間違っていると、製造者自身が気づかなければいけません。
■世界標準
ありません。それを目指すと、均質で(木と漆よりも)安定した素材になります。漆器は、その土地の風土と大きく関わっています。日本人の多いアメリカ西海岸は市場として狙い目なのですが、あれだけ乾燥していると、漆器は数年で変形してきます。変形しない「漆器」については、よくわかりません。また、ヨーロッパは漆と蒔絵に深い理解を持っていますが、アメリカでイベントを開催すると、遅々として進まない蒔絵(ちゃんとプロセスを見せようとしたら1か月かかるためイベントなんかでは土台無理な話なのでプロセスの極一部を見せるに過ぎないのだけれど漆絵を蒔絵だと言ってささっと描く実演をしている人もいるために漆絵を蒔絵だと思っている人が世の中には多い)の実演には人が寄り付かず、一瞬にして絵ができあがるシルクスクリーンに驚嘆します。漆器の修復を専門に手がける人は日本にはいませんが、ヨーロッパにはいます。密度が高くて脂肪分の多い樹木が生えている土地では、漆を塗る必要がないので無塗装の木のままで使います。
ありません。それを目指すと、均質で(木と漆よりも)安定した素材になります。漆器は、その土地の風土と大きく関わっています。日本人の多いアメリカ西海岸は市場として狙い目なのですが、あれだけ乾燥していると、漆器は数年で変形してきます。変形しない「漆器」については、よくわかりません。また、ヨーロッパは漆と蒔絵に深い理解を持っていますが、アメリカでイベントを開催すると、遅々として進まない蒔絵(ちゃんとプロセスを見せようとしたら1か月かかるためイベントなんかでは土台無理な話なのでプロセスの極一部を見せるに過ぎないのだけれど漆絵を蒔絵だと言ってささっと描く実演をしている人もいるために漆絵を蒔絵だと思っている人が世の中には多い)の実演には人が寄り付かず、一瞬にして絵ができあがるシルクスクリーンに驚嘆します。漆器の修復を専門に手がける人は日本にはいませんが、ヨーロッパにはいます。密度が高くて脂肪分の多い樹木が生えている土地では、漆を塗る必要がないので無塗装の木のままで使います。
■素直さ
仕事に限らず日々の行いによってある結果を招いたとき「そういうふうにせざる/ならざるをえなかった」という因果論的な見方になることが多いです。大切なのは「そういうふうになった可能性もあるが、それ以外になった可能性もある」と考えることです。どれだけ多くの可能性を考えつくことができるかが、次の仕事での選択肢の幅になります。その働きを頭でするとしないとでは、その後の仕事に対する姿勢が変わってきます。因果論的に妥協するのではなく、かといって因果論を否定するのでもなく、私は因果論や形而上学や経験主義を踏まえた上で、それらを無視しているのです。
仕事に限らず日々の行いによってある結果を招いたとき「そういうふうにせざる/ならざるをえなかった」という因果論的な見方になることが多いです。大切なのは「そういうふうになった可能性もあるが、それ以外になった可能性もある」と考えることです。どれだけ多くの可能性を考えつくことができるかが、次の仕事での選択肢の幅になります。その働きを頭でするとしないとでは、その後の仕事に対する姿勢が変わってきます。因果論的に妥協するのではなく、かといって因果論を否定するのでもなく、私は因果論や形而上学や経験主義を踏まえた上で、それらを無視しているのです。
■漆器
漆器の起源は中国であったり東南アジアであったり諸説ありますが、日本に渡来して目覚ましい普及を遂げてきました。英語の「チャイナ」が陶磁器の意味もあるように「ジャパン」には漆器という意味もあります。ただ、実際のところジャパン=漆というのは浸透しておらず、最近では「URUSHI」が世界共通語になりつつあります。私としても、オリエンタリズムによって命名されたジャパンより日本語のウルシが広がってほしいです。
漆器の起源は中国であったり東南アジアであったり諸説ありますが、日本に渡来して目覚ましい普及を遂げてきました。英語の「チャイナ」が陶磁器の意味もあるように「ジャパン」には漆器という意味もあります。ただ、実際のところジャパン=漆というのは浸透しておらず、最近では「URUSHI」が世界共通語になりつつあります。私としても、オリエンタリズムによって命名されたジャパンより日本語のウルシが広がってほしいです。
■産地
漆器の産地としては、輪島が圧倒的に地位と認知度を獲得し、他はどれも同じです。ただ、その実態は、産地ごとの得意不得意を交換したり、海外の工場で作られたものが各産地に輸入されたり、意味を成さなくなってきました。職人がひとりもいないけれど経済産業省認定の伝統的工芸品としての漆器産地まであります。私も輪島や京都や木曽へ納めていますし、輪島塗の特長である堅牢な下地の材料と同じものを使っています。なぜそうなるかというと、ろくろ挽きの技術は山中が抜きん出ており、職人は日当計算します。上手い職人ほど、仕事を分かっていますし手さばきにためらいがありません。すると、早くて上手い職人が安くなるという逆転現象が起き、他産地は自分のところで挽くよりも安価で良いものを仕入れるのです。ということで、少なくとも山中は産地別の特徴が残っています。それをブランド化できなかったに過ぎません。
漆器の産地としては、輪島が圧倒的に地位と認知度を獲得し、他はどれも同じです。ただ、その実態は、産地ごとの得意不得意を交換したり、海外の工場で作られたものが各産地に輸入されたり、意味を成さなくなってきました。職人がひとりもいないけれど経済産業省認定の伝統的工芸品としての漆器産地まであります。私も輪島や京都や木曽へ納めていますし、輪島塗の特長である堅牢な下地の材料と同じものを使っています。なぜそうなるかというと、ろくろ挽きの技術は山中が抜きん出ており、職人は日当計算します。上手い職人ほど、仕事を分かっていますし手さばきにためらいがありません。すると、早くて上手い職人が安くなるという逆転現象が起き、他産地は自分のところで挽くよりも安価で良いものを仕入れるのです。ということで、少なくとも山中は産地別の特徴が残っています。それをブランド化できなかったに過ぎません。
■コミュニケーション
デザインとは、コミュニケーションの手段のひとつであると考えています。時折「デザインとはコミュニケーションである」といった結局何を言っているのか解らない言説に出くわしますが、自己目的化したデザインほど醜悪なものはありません。言い換えると、デザインにおけるコミュニケーションの役割とは「デザインする」過程において考慮すべき要素のひとつであり、それ以上でもそれ以下でもありません。デザインする人間が機能を定義して使い方をそれだけに押し付けることは、コミュニケーションとして成立していません。それは、百歩譲って良く言えば「メッセージ」です。
デザインとは、コミュニケーションの手段のひとつであると考えています。時折「デザインとはコミュニケーションである」といった結局何を言っているのか解らない言説に出くわしますが、自己目的化したデザインほど醜悪なものはありません。言い換えると、デザインにおけるコミュニケーションの役割とは「デザインする」過程において考慮すべき要素のひとつであり、それ以上でもそれ以下でもありません。デザインする人間が機能を定義して使い方をそれだけに押し付けることは、コミュニケーションとして成立していません。それは、百歩譲って良く言えば「メッセージ」です。
■毛
山中では漆を刷毛で塗ります。刷毛の毛は人間の毛髪です。パーマもカラーもあてたことのない、黒くて艶々とした女性のストレートを使います。20センチ以上は必要なので、国産素材が入手困難になっています。
山中では漆を刷毛で塗ります。刷毛の毛は人間の毛髪です。パーマもカラーもあてたことのない、黒くて艶々とした女性のストレートを使います。20センチ以上は必要なので、国産素材が入手困難になっています。

