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ウラジーミル・ナボコフ アーダ



昨年はナボコフ没後40年ということで色々と出た。本当に色々と。ナボコフはロシアで生まれ育ち、イギリスやドイツを経てアメリカへ渡り、アメリカに帰化した。そんなわけで小説はキャリアの前半がロシア語で、後半が英語。ロシア語で書いたものを英訳したものから日本語訳されたものもある。また、新しい日本語訳が出たらタイトルが全く違ってたりする。「青春」が「偉業」になったり「マルゴ」が「カメラ・オブスクーラ」になったりする。なので少しばかりややこしい。「アーダ」は英語で書かれたもので、さほどややこしくはない。でも中身はややこしい。
上下巻に分かれてボリュームたっぷり。しかも濃い。大満足。上巻は若い男女というか幼い男女と言ってもいいくらいの、いとこ同士の恋愛(ということにしておこう)が描かれる。少女の名前が、アーダ。でも単純な若い男女の恋愛物語ではない。壮大で、長い長い年月で、別世界で、小説(内小説)だ。

凝りに凝った小説。確かにこれは翻訳に10年かかっても仕方ない気がしないでもないと、読んでからは思わざるを得ない。ジョイスの小説が翻訳不可能なように「アーダ」は様々な言葉遊びが連発するし、メタだし、ある程度は小説(文学)に慣れ親しんだ人でないと楽しめないこともあちこちに盛り込まれている。トルストイ、プルースト、フォークナー、ドストエフスキー、ボルヘス、などなど。ボリス・ヴィアンの小説に出てくるようなものも出てくる。すらすら読み進めるわけにはいかないけれど、楽しい。また、ナボコフといえばロリコンの語源となった「ロリータ」がえろいということになっているが、それは「アーダ」があまり読まれていないからであって「アーダ」のほうがえろい。官能的というより、えろい。

パラレルワールドとか歴史改変といったのは舞台装置に過ぎず、SFではない。老いた人間の回想なわけで、そういうことに耽ってしまう年齢になっちゃった人ならば胸が焦がれやすい。なぜなら、回想は、だいたい美しいものだから。そしてきちんとナボコフの文章は美しい。逆に言うと、ヤングな読書好きには、技巧ばかりが頭に入ってくるかもしれない。それでもいいけど。全然いいけど。


上巻冒頭にある家系図を、信用してはいけない。

英語で書かれたほうにおいて権限を増してきているどころかナボコフ研究の第一人者になっちゃった若島正(元々は文学者ではなかった)がノリにノッて訳者解説をしているのでどういった位置づけなのか(および若島氏がどのような人物なのか)はそちらをお読みいただくのが一番だ。このブログ記事の最後にリンクを貼っておきます。ちょっとやりすぎだなあと感じる箇所が少なくなかった(ざっとネットでレビューをチラ見した限りでは私と同じ感想を持った人がほとんどのようだ。現時点では)ので、そういう「訳者の思いつきによる日本語でのお遊び」を排除した新訳をまた誰かが手がけてどこかが出してほしい。

ロシア語原典からの日本語訳が充実してきて非常に嬉しい限り。以前紹介した「賜物」もそうだ。ナボコフの最高傑作は「賜物」で、最も知られているのは「ロリータ」であることに異論を挟む人はいないと思ったけれど割といるかもしれないね。英語で書かれたものでは「アーダ」が最高傑作というふうになっている。異論を挟むつもりはない。が、硬質で怜悧で透明感ある文章も、ナボコフの特質なのではとも思う。分かりやすい言葉遊びではなく、そうした文章を連ねていくことも、言葉の魔術師たる所以だろうから。



あとは「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」と「青白い炎」の新訳を出してほしい。現行の日本語訳は、読みづらいだけでなく間違いだらけ。チェスの駒を配置するように、蝶の標本に針を刺すように、繊細で緻密に言葉を配置したナボコフの文章(英語原典は「ロリータ」しか読んだことはない)が、なんだかとんでもないことになっている。


以上是千六百字丁度也


Wikipedia日本版:ウラジーミル・ナボコフ
日本ナボコフ協会:公式サイト
早川書房:アーダ[新訳版]訳者解説、全文公開Part1
毎日新聞:沼野充義・評「アーダ[新訳版]上・下」
Amazon.co.jp:アーダ[新訳版]上
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