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ホルヘ・ルイス・ボルヘス「創造者」
2009年07月18日 - Literature

ブエノスアイレスの夕暮れと夜がなかったらタンゴは生まれないだろうし、
その空にはタンゴのプラトン的なイデアが、その普遍的形体が
我々アルゼンチン人を待ち受けている。
--ボルヘス「エバリスト・カリエゴ」
タンゴといえばアストル・ピアソラ。異論は認めない。
アルゼンチン生まれのボルヘスはピアソラと組んで作詞したこともある。
だがボルヘスは、アストル・ピアソラの音楽をタンゴではないと断じた。
おまけにピアソラに対してタンゴの何たるかを講釈垂れたらしい。
ピアソラがタンゴであることは、今では世界中の誰もが知っている。
では、ボルヘスにとってタンゴとは、どのようなもので「なければならない」のか。
ボルヘスの考える「タンゴ」と、ピアソラの音楽は、全然違う。ミラノと富良野くらい違う。
ボルヘスは図書館司書を務め、まさにバベルの図書館、博覧強記というイメージがある。
でも案外センチメンタリストなんじゃないかと感じるときがある。
感情で動くタイプでもあると。
論理や合理主義とはかけ離れたパーソナリティ。
そして夢想家でもある。これは視力が衰えてから加速した。
博覧強記であることと、優れた文芸創作ができることとは、割と無関係だ。
また、博覧強記が行きすぎると、文体を喪失してしまう。
(私があまり熱心なボルヘスの読者でない理由も、そのあたりにある)

ピアソラはタンゴの革命家だ。歴史を変えた。
圧倒的な完成度と絶え間なき探求心で、タンゴをポピュラーミュージックへと昇華した。
ノスタルジーを引きずる「地元民」に否定されるのは当然のことである。
「創造者」は、詩から文芸創作に入ったボルヘスの、小説も書きはじめてからの中期に出版された詩集。
ボルヘス自身はこれを詩集の中では最も良いとしていた。
ラテンの風味は一切なく、幻想小説の舞台そのものの世界。
それは爪について綴られる「爪」であっても変わらない。
訳者である鼓直氏の熱い解説も楽しめてお得な一冊。
(これまでは国書刊行会の高価な邦訳書しかなかったし、岩波文庫版は加筆訂正されている)
ピアソラを聴くなら“Tango : Zero hour”を購入しとけば間違いない。
プロデュースは、ピアソラを世界に知らしめた敏腕プロデューサー、キップ・ハンラハン。
ボルヘスを読むなら、まずは白水uブックス「不死の人」でいいと思う。
Wikipedia:ホルヘ・ルイス・ボルヘス
Wikipedia:アストル・ピアソラ
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