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五十嵐威暢「あそぶ、つくる、くらす」

2008年05月06日 - Literature



どちらかというと私は「あそぶ、あそぶ、ねる」である。
2006年秋に実施した五十嵐アート塾 レクチャーシリーズ第16回(リンク先の画像、上からふたつめ、左から五十嵐、平野、山中漆器の大尾嘉、そして私)の打ち合わせでお会いしたのが最初。漆と漆器と山中漆器についてご説明した。業界のことやフォルムのことよりも、漆の特性や仕事の仕方に興味を持たれた。一連の会話の中で私が驚いたのは、縮れについてである。

漆の「ちぢれ」とは、塗った漆が固まる前に、湿度や気温や塗った厚みなどによってできる、いびつで細かな皺を指す。見た目はすっきりしていないし、皺のふくらみから劣化する。場合によっては、きっちり固まらず、いつまで経っても微妙な柔らかさを持った表面になる。ふだん私たちは縮れることのないように細心の注意を払い、仕事をしている。職人にとっても、また研いで塗らなきゃいけないので避けたいことのひとつだ。

五十嵐さんは、わざと縮れさせて何か作っても良いんじゃないか、と言った。

これがアートだ。

固まる前に指でなぞって仕上げた人もいる。筆に漆をつけて、しぶきで模様をつける人もいる。しかし、それらの「技法」と、縮れを活かすのは、根本的に異なる。それがどれだけふだんの私たち漆器屋の仕事の仕方と異なる回路であるか、イベントに参加した同業者が気づいてくれているかどうかは私には解らない。

そういうのが、この著書には書かれている。
という言い方は不親切かもしれない。
私が会った五十嵐さんそのままの文体と内容だ。
引用しはじめたらきりがないので、書店で手にとってみてほしい。

軽く検索をかけてみたら、やっぱり衝撃を受けた人が何人かいた。そりゃそうだろうなあと思う。「考えて生み出す」ことの限界にまで行ってしまった人だから。まるで「論理哲学論考」を書き終え、言語の限界を見てしまい、小学校で子どもに教え、その後は北欧の海岸沿いにある掘っ立て小屋に暮らした、ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインである。でも人あたりは正反対な気がする。

明治乳業やサントリーホールのロゴ開発やVIをはじめ、
かつて五十嵐さんはデザイナーとして活躍していた。
そしてあるとき、彫刻家となった。
身軽な感じ。

作ることは、あまりしない人が多い。
それは購入できるものだし消費するものだ。
でもこれを読むと、遊ぶこともなく暮らすこともなく、
毎日を乗り越えることでいっぱいいっぱいであったことに気づかされる。
そこからは何も生まれないし、暮らすことすらできていない。

画像の手前にあるのは、五十嵐さんがデザインした一輪差し
これはアートではなく商品。素材はイチョウ。
いろいろ塗りを替えてみて、良い出来ではなかったものが私の手元に残っている。


五十嵐威暢 公式サイト

bk1
amazon.co.jp

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