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2008.3.20

2008年03月20日 - Diary

三月二十日

人生は一度しかないからどうのこうの、
という言説はよく目と耳にする。
しかし、
 
私は一生でも足りない。
時間がない。
五生か六生ください。
もう全然足りない。

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コメント

ao様
何かに所属したり居場所を見つけたりすることに安堵する人もいると思います。私は守るものがなく、持つつもりもありません。変な考え方かもしれませんが、軸がブレてしまうからです。独善的で自分勝手、冷たい、おまけによくばり、というのが私の姿なのでしょう。
コメントを拝読して、手強いからこそ一生じゃ足りないのかもしれないという気もしました。また、手強いと思うか否かも気の持ちようという可能性もありますね。いずれにせよエクスキューズは口にしたくないと常々思っています。ズレた返答だったら失礼しました。

lilla様
ごぶさたしております。「批判ばかりして」と批判のメールをいただくことも多々あります。どうも同業者らしき人たちなので、これは言われたくないことだったのかと境目が判ります。私は私を異端だと思ったことは1秒もありません。素材と形状には偏執狂ですが、それは既存の方向性を突き詰めているに過ぎず、程度の高低なだけです。ただ、現在ではもっといろいろひどい実態があり、そういったことに一切手を染めないため結果として少数派になってしまっているだけだと思います。
  • 2008-03-21 |
  • ■kota■
  • URL
  • edit ]

私とは全く逆

一生で充分もてあましてますから^^;。

「デントウサンギョー」の中で異端として過ごされてるのだろうなあ、というのがひしひしと伝わってきます。再開されてからの文章で。
「道中お気をつけて」。私からもひと言。
  • 2008-03-20 |
  • lilla
  • URL
  • edit ]

望んだものかそうでないかのどちらにしろ、
「しがらみ」っていうものがもしも全然なかったとすれば、
一生では足りなくて五生も六生も欲しくなるというのは
わかる気がします。
その抑えがたい欲求と叶えられないつらさから解放されるには、
「何か」に縛られることが必要になります。
たいていはそうやって途中でお縄を頂戴し、
目を閉じて耳をふさいで、でも口は閉じずに文句だけ言って、
楽をしていくものなんです。
欲と向き合う勇気と自信がおありなのですね。
でも、かなり手ごわくはないですか。道中お気をつけて。

  • 2008-03-20 |
  • ao
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Tsuyoshi Kotaniguchi
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