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naturalとreal

2007年06月10日 - 日々の仕事

自然主義と写実主義を似たものとしてとらえている人がいて驚いた。文脈としては、洋の東西で自然主義と写実主義が同時に起こっていたというシンクロニシティ、とかなんとかいう感じだった。
自然主義の「自然」とは自然科学、日本で言う理系のことだ。理系というと算数と化学をイメージしがちだけれど、地球のこと、人体のこと、動植物のこと、すべて理系だ。精確さを期せば「実証的自然科学主義」といったところか。超能力や幽霊などを「超自然現象」と言うときの「自然」の使い方に近い。機械生産工場で働く日々を小説にしても自然主義になりうる。ルソーなどが方向として導き出して近代になってから広まった、もともとは哲学である。人間が、この世の全てを(実証可能か否かは置いといて態度として)理解している/できるというのが大前提にあり、まあやっぱり西洋的な考え方だ。

話は逸れるが、私は国語と算数を非常に近いものだと思っている。
日本は早く文系と理系という大分類を廃止したほうが良い。
そんなの人間の思考回路にそぐわない。

私は一度も誰かに質問したことなどないけれど、世の中を渡っているとこの手の質問が多く、いつも答えに窮する。芸術系ですと答えるのもなんだか少しあれだし、などと思っていると相手は「そんなに難しい質問をしたかな俺」という顔になるので、あわてて「大学受験科目は英語と国語と作文と面接でした、卒業するには小説と論文を書きました」とかいったまわりくどいことを口走ってしまう。で、案の定、相手は「じゃあ文系じゃん」となる。何が知りたいのかいまだに解らない。

自然主義は文芸の分野で広まった。しかし、つまらなかった。それまでの文芸作品にあった情緒が欠落していたからだ。なので、すぐに揺り戻しがあった。さらに、日本では自然主義文学が独自のものとなってしまい、自然主義という言葉の意味が曖昧になった。よって誤解を招きやすいし現在でも議論されている。なので私はふだん使わない。

一方写実主義とは“realism”である。

そもそも、自然主義と写実主義は同時ではない。

不用意に言葉を発する人がいると、他の全ての発言も信用できなく思えてしまう。わざわざそんなこと言わなくていいのに、と思う。日常生活で使わない言葉を用いることで何かを言っているようで実は凡庸で何も中身がないという発言は世の中には多いのでいちいち指摘するのも面倒だ。でも、間違えているのはひどい。頭の中ではどういう芸術史になっているのか、ちょっと覗いてみたい気はするけれど。

私は製造業だ。なので自然主義でも写実主義でもない。アーツ&クラフトとも無関係。なんとか主義というものは気にしない。それは生きていくための考え方というか世の中のとらえ方として必要な引き出しだ。でも、ものづくりでは足枷となることが多い。大前提として常に心の中にあるのは、木に逆らわないこと、それくらいです。じゃあ自然主義じゃん、などと言われると、ものすごく頭がぐらぐらする。

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