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Cesaria Evora/Rogamar

2007年01月25日 - Music



【world】

バブルにも良かったことがあって、レーベル名に過ぎなかった「ワールドミュージック」がジャンルのひとつとなり大量に日本へ入ってきたこともそのひとつ。HMVではパリとロンドン経由の選りすぐりが売られ、渋谷クワトロ(西武)や青山Cay(ワコール)では従来なら考えられないようなミュージシャンのライブが行われていた。企業はどんどんお金を出した。セゾンは、物ではなく文化を売りはじめた。セザリア・エヴォラも、当時「発見」された歌手のひとり。
 
エヴォラは、アフリカ大陸の西450キロ沖に浮かぶ国、カーボ・ヴェルデの北西端の小さな島、サンビンセンテに生まれた。初めてのレコーディングは47歳。世界はすぐにエヴォラの声に魅了された。ブームに乗って現れたが、ブームが収束し、ワールドミュージックはバブルでハイプで結局は西洋音楽の文法であり、ほんものは世界各地の「そのままの音楽」であると認識されるようになっても忘れられるはずがなく、当時よりもさらに愛されている。

いつしか「大西洋のアマリア・ロドリゲス」と呼ばれるようになった。その表現がぴったりの声、歌。カーボ・ヴェルデには「モルナ」と「コラデーラ」と呼ばれる音楽のジャンルがある。前者はポルトガルのファドの影響も受けているから、アマリアを引き合いに出すのは間違いではない。

この新譜は、グラミー賞を受賞した前作から3年ぶりのスタジオレコーディングアルバム。先日のメルセデス・ソーサは70歳でのレコーディングだが、エヴォラは65歳。これまでの人生のうち、半分はポルトガル領として過ごしてきた。カーボ・ヴェルデは奴隷貿易の中継地だった。奴隷貿易が衰退すると、かつて奴隷として扱われた人たちが残された。そもそも、この島には原住民が存在しなかった。公用語はポルトガル語だが、人々が使うのはクレオール語。貧しい土地に生まれ育ったエヴォラは、サウダーデに満ち、今でも、どんな場所でも、裸足でステージに上がる。

気まぐれな安らぎを手にしたカボ・ヴェルデの息子がたどった運命と同じように
私の人生には拠り所がなく
一人のジプシーがたどった運命と同じように
邪悪な世界の混乱に私は苦しむ
郷愁の静けさの中で思い悩むことが私の運命

 ──“Sombras di distino” 野村伸昭訳

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